2009年 11月 23日(月)午後 7時 42分
昨夜、11時過ぎに、息子と出かけ、軽くお酒を飲み、冬の旅行の打ち合わせ。帰ってきて寝たのが、1時過ぎ。朝、目が覚めると8時半。完全に予定が狂ってしまいました。いつものように、朝早く目が覚めると思って考えていたことが、パーになってしまったのです。それで、考えていたことをいじりました。今日は、ウォーキングと映画一本だけにして、夕方には家に帰っておこうというものです。ともかく、韓国ドラマ「ニューハート」が、一話半残っているので、それを見ることを最優先しました。借りているDVDを、明日、返さねばならないのです。今日は、とてもいいお天気。おまけに気温が上昇。最近、寒い日ばかりが続いていましたので、とっても爽快なウォーキングとなりました。今日は、久しぶりに都会のウォーキングを試みました。だいたいの目安として、「天満橋」駅から、谷町筋を南下、谷町2丁目交差点で右折。瓦町を抜けて靫公園へ。道頓堀川を幸橋で渡るように歩き、そのまま南下。大浪橋で尻無川を渡り、お時間に合わせて、大正区内を歩き、あわよくば「弁天町」駅を終点にしようとしたのですが、それは無理でした。詳細なコースを書きますと、京阪「天満橋」駅〜谷町2丁目交差点〜大手橋〜靫公園〜韓国料理店「ヒャン」〜「靫本町1」交差点〜「サムハラ」神社〜和光寺〜インド料理店「MAYA」〜幸橋〜イタリア料理店「il Passo」〜赤手拭稲荷神社〜立葉交差点〜大浪橋〜三軒家東福祉会館〜八坂神社〜三軒家公園〜泉尾カトリック教会〜泉尾商店街〜沖縄料理店「ぺぴーの」〜泉尾神社〜萬福寺〜三泉商店街〜三軒家中央商店街〜〜JR環状線「大正」駅。ウォーキングをするとき、黄紺は、ヤフーの地図を手元に歩いています。ところが、この地図、縮尺によって、記入されていたりいなかったりします。通常、縮尺が小さいと、より細かな情報が得られると思うのですが、それがそうじゃないっていうところが曲者です。そのため、歩いていて、思わぬところに出会ったり、逆に地図をネット上で見ているときにはわかっていたのだが、プリントアウトをしたときに、縮尺の関係で消えていて、あとから地図を見ると忘れてしまっているという具合なのです。そういった意味で、今日は、とってもラッキーな日でした。ウォーキングをするとき、ちょっとしたポイントを決めて歩いています。そのポイントに使う一つに神社があります。近くに、古い家屋なんかが残っているのではの期待があるのです。今日は、都心部でしたので、古い家屋には出会えませんが、全く頭に入ってなかった神社に三つも出会うことができました。これは、驚きです。特に泉尾神社の規模は立派で、地図に出てこないわけが分かりません。泉尾神社の近くには、金光教のそれは立派な施設もあるのですが、それも出ていない。いったいどうなってるのかな。
「大正」駅から、環状線でうつ目「福島」駅へ移動。土曜日に続き、今回ふ回目となる「大阪ヨーロッパ映画祭」に行ってまいりました。今日は、スペイン映画「隣人」の上映があり、終映後、来日していたこの映画の監督さんへの質疑応答などがありました。映画は、60年代の後半と現代とが交互に場面転換をしていきます。60年代はモノクロで、現代はカラーでと、分かりやすい転換ですが、一世代ずれす転換で、且つ、同じ俳優さんを使ったりしますので、誰が誰か、ふっと気を抜くと、混乱してしまいます。だいたい苦手なのです、こういう仕掛けは。でも、大丈夫でした、なんとかついていけました。60年代の方では、母親がガンの末期で、それを前提に話は展開していきます。その母親に反発し、母親が亡くなったあと、男と家族の元を去った娘が、現代の場面では、その去ったときから初めて、父親の元を訪れ、死期が近いことを告白します。こういった形で、過去と現在がシンクロしながら、ストーリーは展開しています。一つ共通したことがあります。それは、アパートの階上、即ち隣人として、アラブ人と思われる異邦人が住んでおり、違った文化を持って生活しています。階下の主人公たちは、距離を置くような言葉を、常には吐いているのだが、その人たちが、何か困ったりすると親身になり心配し、世話をやきます。性根は、とっても優しい人たちなのです。が、家族内の人たちには、そういった優しさを示せない、いつも文句を言ったり、家族の問題を、自分では処理できず、怒ったり逃げたりしています。監督は、母と娘をシンクロさせたのは、子どもは、親を否定したり越えようとしたりするけれど、振り返ってみると、親とよく似た生き方をしているものだと言ってました。そうなのかもしれませんしねまた、自分の歳になれば、ハタと思い当たることは数々と思えます。だけど、話が小さいんだよなと思ってしまう黄紺は、相変わらず「家族」をテーマにした物語は好きになれないのです。「家族」「移民」「同性愛」と、現代のヨーロッパ映画が、好んで取り上げるテーマが、この映画には、全部詰まっています。そういったことで、自分的にチョイスした映画でしたが、その中核が「家族」となると、ちょっと引き気味になってしまいます。一種の習性です。
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