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今夜の番組チェック




忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。


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2008年 7月 23日(水)午後 11時 56分

 今日、08-09シーズンの試合日程が発表された。こういった日がくると、再び、悔しさが込み上げてくる。今年は、欧州選手権のある年ということで、日程がずれるかもとは思っていたが、ここまでずらすとは、、、予想外の展開。去年は、トルコ滞在時間を多くとれず、辛うじて、開幕戦を、オリンピック・スタジアムで観れたのだが、今年は、トルコ・リーグは、全くダメ。実は、今年は、久しぶりに、ガジアンテップで公式戦を観たいなと思ってたら、この勘はどんぴしゃで、フェネルの開幕戦は、ガジアンテップ・スポルとのアウェー戦。だけど、黄紺は、その頃は、日本で働いておりまする。泣くしか、ありませんと、随分と前から判ってることながら、今もって悔しいのであります。
 今夜は、中崎町であった「たまの小劇場」に行きました。前回同様、開場が、なかなかで、会場上で列を作って待っていると、着物を着た女性が入口を探している。あれ? 春野恵子じゃないのと思ってたら、やはり当たりでした。自身の勉強会の会場探しをしていたところ、たまに、本日の会場を紹介され、様子を見に来たということ。ついでに、前説に駆り出されていました。前回は、ひろばと三幸が駆り出されましたが、いずれも、会場作り、お囃子の打合せで、たま自身の着替えが終わっておらず、その時間繋ぎに駆り出されたものでした。本日のたまは、古典を3席出しました。「鼻ねじ」「遊山船」「子は鎹」でした。秀逸は「遊山船」。「キャー」の音の多用、言葉尻を掴まえる繰り返し技、それの、更に繰り返し。とても見事な場面転換、合理的なカットと、たまの噺の整理が、次から次へと決まっていきました。黄紺的には難しい噺の典型と位置づけている噺に、またしても、ビッグヒットが飛び出しました。たまの刈り込み技、プラス新機軸、そんなのが、一番見事に決まったネタの一つに、間違いなく数えられます。「鼻ねじ」の方は、お囃子に、随分とこった演出を試みていました。単に、距離感だけではなく、人の気の集中の仕方でも、音量は変わってくるはずというところからくる演出でした。その変化を楽しませるため、庭での宴会、それに対する漢学の先生のリアクション、それを長めに取っていました。自分的には、漢学の先生と、番頭は、ほぼ同時に、梯子を上って欲しいと思っています。もったいぶって時間をかけるより、臨場感、緊迫感が違うと思っています。また、今日のたまは、番頭に、手の内をさらけ出す台詞を与えていました。これは、納得できないな、ネタばらしは、やっぱり最後まで引っ張ってもらわないとね。「子は鎹」は、中入り明け。今回は、新作はなし。「ナイト・ヘッド」と、客がかぶるからと、たまは言ってました。「子は鎹」は、春野恵子が来てるので、あとで泣かせどころを教えてもらうそうです。が、自分的には、今、演じられているこのネタで、ほろりと来るのは、気が入ったときのざこばくらい。やはり、短縮形じゃ、ダメでねぇ〜のの気分です。ゲストは、さん都で、「向こう付け」でした。喜ィさんのぼけ方なんか、時間をかけながら深まっていくのでしょうね。後半は、ショートカット版ですが、全体をもらったんでしょうかね、そないなことを聴きながら考えていました。ということで、番組を再掲すると、春野恵子「前説」、たま「鼻ねじ」、さん都「向こう付け」、たま「遊山船」、(中入り)、たま「子は鎹」となります。
 ここ毎日、ずっとクーラーをかけたまま、寝ています。これだけ続けて、そないな感じなのは、珍しいです。今年の夏は、ホント、暑い。また、同じことを書いてしまいました。




2008年 7月 23日(水)午前 1時 40分

 仕事で、ちょっとしたミスばかりを繰り返して、自分に腹を立てながらいらつき、また、ミスをしてしまう。だいぶと反省です。結構、時間を無駄にしているのが、いらつきの最大の原因です。そんな感じの午後を過ごし、夜は、谷町6丁目へとお出掛けしてまいりました。薬業年金会館内の和室で、毎月恒例の「第132回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。「読切名言講談」と題されたシリーズも、この日で4回目。今回は、坂本龍馬が姉に認めた書簡に書いた言葉として知られる「日本を今一度洗濯いたし申し候」が取り上げられました。
 今日は、途中で、空調が変調をきたし、そのために、室内が、かなり暑くなり、そのためかどうだかわからないのですが、中途ダウン状態となってしまいました。坂本龍馬の生まれた頃の話、塾には、ほとんど行かなかった話、すぐ上の姉とのエピソードから、脱藩する直前まで飛んでしまいました。龍馬って、5人兄弟なんですってね。すぐ上の姉さんに、とてもなついていて、その姉さんも、男気のある人で、小さい頃から、かなり龍馬を鍛え上げたようで、脱藩以後も、自身の様子を、おどけた感じで、その姉に報告がてらに、手紙を送っていたそうです。その手紙の中に、本日の名言がありました。黄紺も、最近知った言葉です、TVを観ていて知ったら、これで、取り上げられたっていうわけです。幕末のことには、ほぼ関心のない黄紺は、今日の講談を聴いて初めて、龍馬っていう人、勝海舟に師事してたってことを知りました。勉強になりました。そして、龍馬が暗殺されたのは、大政奉還後だったんですね。へぇ〜、でした。とまあ、日本史音痴の黄紺が、講談を聴いて、少しずつ知識を増やしております。知らないことばかりだから、おもしろいのだろうなと、正直思っております。
 今夜は、インターネットが、サーバのかげんで繋がりません。夜中にアップできるのですが、サッカー情報ともども、朝になってからしかできません。5時間も繋がらないそうです。それって、長過ぎやしません?




2008年 7月 22日(火)午前 5時 40分

 昨日は、なかなか面白い1日になりました。まず、家を出たときは、全く、国立国際美術館でやってるモジリアニ展に行くつもりだったのです。ところが、天満橋駅を電車が出るかというところで、息子から、「今、天満橋にいます」というメールが入ってるのに、気がついたのです。昨日、息子は、所用があり、朝早くから都島へ行き、早々とそれが終わり、天満橋で、お茶をしていたのです。そこで、淀屋橋で、息子に電話を入れ、黄紺も天満橋に行くことになりました。そして、モジリアニ展に行くのは、またの機会にして、二人で、ジャンジャン横丁で、昼飯がてら呑むことにしたのです。息子と、ジャンジャン横丁で呑むのは、3月以来。とにかく昼間から堂々と呑めるところとなれば、ここが一番でしょう。
 そんなで、昼間から酩酊状態。ですから、黄紺は、かなり酩酊状態で、文楽を見に行ったというわけなのです。そもそも、モジリアニ展に行こうかと考えたのも、文楽に行くだけで、大阪まで行くのはもったいないと、時間の有効活用を考えてのことだったのです。黄紺が行ったのは、「夏休み文楽特別公演」の第2部。番組は、「お夏清十郎五十年忌歌念仏〜笠物狂の段〜」「鑓の権三重帷子〜浜の宮馬場の段、浅香市之進留守宅の段、数寄屋の段、岩木忠太兵衛屋敷の段、伏見京橋妻敵討の段〜」でした。「お夏清十郎」は、春野恵子の浪曲で聴いているので、馴染みのある演目なのですが、8割以上、沈没してました。完全に、酒のせいです。冷めてなかったのです、ここでは。「鑓の権三」では、妻敵討で、覚悟を決めた男女が美しく斬られていく、その美学と、それに見合った演出に、心動かされましたが、どうも、理不尽な、姦通劇に、すっきりしない気分でした。権三は、不義密通なんてしてないのに、妻敵となる。女の方は、夫がありながら、しかも、娘と権三との結婚話を持ちかけながら、権三に迫るのだから、致し方ないのだが、、、。でも、男は理不尽な中で討たれるように、女は、そりゃ仕方ないだろというなかで討たれていくように設定してあるんでしょうね、これは。男は、そういった矛盾を抱えながらも、潔く討たれる、そういったものに、観る者が惹かれたんだと思われます。一方、女は、片手討ちですものね。この扱いの違いが、今の時代に生きる黄紺には、釈然としないのです。ところで、昨日は、一番前の端の席で、字幕は見にくいは、舞台のいいところはずれるはで、席のチョイスに失敗しました。字幕が、あんなに見にくければ、いっそのこと、後ろの方の正面から、舞台全体を見据えられるところで観た方が賢明ですね。
 とっても、蒸し暑い朝が明けようとしています。そして、3連休が終わり、新たな週が始まります。今年の夏の暑さは、尋常じゃないっすね。大丈夫だろうかと、毎朝思いながらの出勤です。




2008年 7月 21日(月)午前 8時 10分

 朝から暑いですね。昨日は、午前中は出勤だったもので、朝から慌ただしい時間を過ごしていましたが、今日は、ゆっくり。しかも、2日眠れなかった反動か、背中が痛くなるくらいの爆睡。ようやく、しゃきっとしたはずなのですが、朝から、こう暑いと、もう一つすっきり感に欠けてしまいます。昨夜は、そんなで、もう8時にはダウン。お酒を呑まないでです。爆睡できたのはいいんだけど、おかげで、NHKスペシャルの「インド」も、トップランナーの「桂吉弥」も見過ごしてしまいました。そんな1日でしたが、昼間は、きっちりとお出掛けしておきました。その記録を書いておくことにします。
 ワッハの7階で行われました「第46回あがき」という桂歌之助の会に行ってまいりました。飛び飛びではありますが、この会は、初期から通っている会でもあります。その頃に比べると、随分と客も増え、最近の歌之助の充実ぶりが判るというものです。前座には、太鼓もできる講釈師南青くんが出て、お馴染みの「木村の麻風呂敷」、空気が張り詰めているのが分かる好演、これで、一人でも、講談ファンが増えたらいいなと願う、すっかり講談サポーターになってる黄紺です。次が、歌之助で、「七段目」と、最近、歌之助が、好んでかけてるネタを出しました。気になっていた、丁稚との芝居のときのスローダウンは、今日に限っては、特に感じませんでした。となると、歌之助の本心は、どこにあるのかが、気になります、もちろん、テンポのことですが。二席が終わったところで、中入りをとるのが、この会の恒例。中入り明けが、ゲストの染弥、この染弥も南青くんも、会主の歌之 助を、ちゃっかりと誉め上げるという義理堅いところを見せていました。で、染弥なんですが、自在に噺を扱えるようになりましたね。達者な噺家さんになったものです。「癪の合薬」なんというネタは、手のひらの上で転がすような達者な芸がないとダメなんでしょうが、染弥は、なんなくクリアです。そして、トリは、歌之助が、「くっしゃみ講釈」を出しました。ということですから、今日の会は、得意なネタの確認の会になりました。からくりを語りに行く前、そして、その最中の表情、リアクションがいいっすね。この辺の楽しさを入れた初めての噺家さんかもしれませんね。レベルが高いです。終わったのが、4時ちょっと前。これを、一つの目安にしていました。この時間ならばと、エレベーターを4階で降りたのでした。
 午後の部しか、この日はありませんでしたが、午後の部後半を、ワッハの資料館の映像・音声資料を視聴することに使ったのでした。まず、DVDで、米朝の「景清」と「鯉舟」、そして、露の五郎の「大丸屋騒動」、こちらは、CDでした。しかし、米朝の「景清」は、巨人の口演ですね。定次郎と甚平さんの描き分け、それを、目でやっちゃうんだから。台詞が出る瞬間前に、目が変わります。これが素晴らしいです。映像資料のいいところは、そんな情景を、至近距離で観ることができることです。杖のつき方も、にわかに目が見えなくなった人と、長年見えない人とでは違う、これは、米朝演出として、よく言われたことです。それも、間近で観ることができます。これ、いいっすねぇ。聴き慣れたネタでも、間近で観ると、どのような変化を見せるか、DVDで、チェックを入れてみたくなりました。「鯉舟」は、「景清」とカップリングされていただけではなく、米朝の実演には接したことなく、いや、黄紺は、この口演機会のごく稀な噺は、亡き喜丸でしか接していませんので、この機会にとばかりに、米朝版を観てみました。米朝って、大ネタもさることながら、こういった小品も、手堅いどころか、ご本人も楽しみながらやってるという感じが伝わってきて、心が軽くなります。「しょーもないこと言いまっせ」という感じでのサゲのところが、いいっすね、その感じが、とっても、よく出ています。露の五郎の「大丸屋騒動」は、38分を越える口演。このネタ、こないに長いものでしたっけ? 帰りしなに調べてましたら、文枝のCDも収蔵されていますので、次回、それを聴いてみようかと考えています。後半の凄惨な場面は、目で見ないとあきませんね。台詞なしで進める場面がありますからね。
 3連休最後の日です。そろそろトルコ行きの準備をしておこうかと思うのですが、まだ、いいかって、つい思ってしまいます。まだ、一働きしなければならないもので、先送りにしてしまうのです。その前に、お出掛けしておきたいところ、多数です。今日も、計画しております。それは、次回、記録として認めます。




2008年 7月 20日(日)午前 6時 5分

 3連休に入ったといっても、今日の午前中は出勤なのですが、朝早く、目が覚め、困っています。昨日は、朝から酒を呑んで、1時間ほど睡眠時間を追加しましたが、今朝は、そんなことができません。2日連続で、こないなことになってしまっているのです。かなり厳しいっす。これが、週明けに影響すると、もっと厳しくなってしまう。とぼやきながら、昨日1日を振り返っておきます。
 昨日は、昼前からお出掛け。目指す場所は、国立民族学博物館。市民対象のゼミナールが開かれる日だったのです。たまたま、民博のHPを眺めていて、そのような催しがあることを知りました。以前は、よくチェックをしていたのですが、最近は、ご無沙汰していたところ、ちょうどいいものを見つけました。昨日のテーマは、「映画で振り返る“民主化前”の韓国」。私が飛びつきそうなテーマが、目に飛び込んできたのでした。民族学の講演ですから、最初は、古い映画を掘り起こし、そこに現れた一昔前の韓国を振り返るのだと思っていたのですが、実際は、そうではなく、90年代以降の映画から、民主化以前を、どのように描いているか、それを検証しようというものでした。ですから、ごく最近、話題となった映画、一般公開され、参加者も、その気があれば、ごく普通に観ることできている映画が取り上げられていました。実際に取り上げられ、一部が会場でも流された映画は、次の6本でした。「われらの歪んだ英雄」「グリーン・フィッシュ」「ペパーミント・キャンディ」「大統領の理髪師」「ユゴー大統領有故」「リメンバー・ミー」。実際の講演ですが、「記憶」という言葉で、民主化以前の抑圧された社会を肯定していこうというものでした。抑圧された社会にも、人としての生がある。現代民族学では、「記憶」という言葉で、抑圧された社会を、抑圧された人たちの言葉で再構成しようという傾向があるそうですが、それに懐疑的な講演者が、生身の人間としての「記憶」こそが、正しい社会分析となるという主張があるようでした。一つには、韓国社会で、「民主化」が、全面的に、肯定的には捉えられていないという側面があるからなのでしょう。「民主化」のあとに、韓国では経済危機を経験しているという事実は、「民主化」が、すべてを良くしたとは思えないとなるようです。そこから、抑圧されていたとされてきた「民主化」前にも、生身の人間生活があったこと、逆に、「民主化」後の疲れた、人の気持ちを苛むような空気を看て取る、そういった映画が現れ、一方、「民主化」以前に生きた庶民が、生き生きと暮らす映画が現れてくると言うのです。最後には、70年代、80年代をしのぶライヴハウス大流行の画像まで紹介していました。ただ、この考え方を敷衍化してしまうと、これだったら、植民地支配下の、更に、連行された日本での生活も、肯定的に描かれかねないと、黄紺は思ってしまったのですが、飛躍していますでしょうか? そんな胡散臭さのようなものを感じてしまったのですが、、、。変に政治的に利用されかねないか、そんな心配をしてしまいました。私は、報告されたような内容があるのが事実として言うならば、むしろ歴史の共有化がなされ、その共有化の作業が完了し、だから、共有化された土台にユーモアや、生きようとした人の生き様を描くことができてるのだろうと思っています。「民主化」を負の面があったからと言って、「民主化」そのものを否定するってことがあったっていいことにはならないという前提で論を立てないとダメなはずです。朴大統領暗殺事件も、長い「民主化」に至るまでのシーンの一つだ、そういった対象化の完了、その上での映画だと、「ユゴ」のような映画を観たときに感じていました。一つの講演を聴いて、こんなけ書いたということは、結構、頭を使って聴いてたってことかな?
 民博から万博公園を抜け、万博公園駅で、モノレールに飛び乗り、一駅で、阪急千里線に乗り換え、そこからラッキーなことに、南森町までは、一本で行くことができました。夜の部は、繁昌亭だったのです。「染二百席練磨〜Lot95〜Lot99 激突!上方落語面長派!2〜」という会があったからなのです。染二は、いろいろと企画を変えては、繁昌亭で会を行ってくれています。上方落語の次代を担う一人であることは、繁昌亭大賞をもらったことからも明らかな噺家さんです。昨日は、ネタおろしとして、「壷算」を、そして、「壷算」は大ネタでないということなんでしょう、トリに、「土橋万歳」をもってきました。いつもは、気張り過ぎて、黄紺などは、染二落語は、なかなかツボにはまらないのですが、今日の二つは、ともに、普段のイメージとは正反対で、その気張りがないのです。更に、切れというか、決めどころというか、外したなとまで思ってしまいました。「壷算」は、壷屋の困りがおかしいんだけど、普段の染二なら、かなりデフォルメしちゃうんでしょうが、この日は、単に流れてしまったっていう感じだったんだな。とぼける切れがないという感じでしょうか? 「土橋万歳」も、斬り殺す場面というのは、暗闇の中に、瞬間、スポットライトが当たるような気分の場面と思っているのですが、それは、日常から切り離された空間となることで、この部分が際立ち、噺の虚構性が出てくると思うのですが、「辻占茶屋」ほどのスポットライトが当たらなかったような気がします。ですから、そのあとの夢から覚めるところで、ぼやけたんでしょうね。客席も、ほとんど沸きませんでしたしね。この場面に、スポットライトが当っていると、夢だったんだと、ざわつくはずです。10年ほど前に、染二の「土橋万歳」を聴いたことがありますが、そのときの方が、だいぶと良かったと思います。九雀の「猫の忠信」は、意外に、まとも。いや、全てに渡って、まとも。変化技が欲しいくらいの、分かりやすい口演でした。さすが、素地となるものの違いを見せ付けた感じでした。本日の秀逸は、染左の「遊山船」。浪速橋の上の二人の会話が、抜群。ボケ役に合った話しぶり、こんなにもリアルになるんだと、染左の話芸で解りました。この噺は、橋の上を行き交う人の賑わいを、どのように出すか、難しいよねと思い続けてきた噺。でも、そうじゃなくったっていいんだと思わしてくれた口演となりました。それは、あまりにも二人の話に、聴く者をして、夢中にさせてくれればいいんだということが解りました。何回か、染左で聴きましたが、そんな感想を持ったことはありませんでした。大化けの感じがしました。前座役の呂竹の「狸賽」も、イーストホテルでの危うさは、影をひせめ、しっかりとした口演。内容は、米朝一門の噺家さんで聴くものそのまんまでした。番組を再掲しておきます。呂竹「狸賽」、染二「壺算」、九雀「猫の忠信」、(中入り)、染左「遊山船」、染二「土橋万歳」。
 ぼちぼち、お出掛け準備に入らねばならない時間帯となってきています。辛いけれど、実際、眠れないのですから、仕方がありません。今日も、暑くなるんでしょうね。出かけていくのが、恐いよ、この状態(~_~)




2008年 7月 19日(土)午前 6時 38分

 3連休に入っています。世間は、そうですが、黄紺は、明日の午前中は、振替の効かない出勤でありますから、実質、2日半のお休みです。ところが、途端に、寝不足の朝。ならば、朝からお酒を呑んで、寝直しなんかを試みようと、丁度、今しがた、呑みだしたところです。昨晩は、アルコールを入れてないので、辻褄は合わしております。もう一つ、困ったことが起きています。トルコ行きが近づいてきていますので、新しい靴を、足に馴染まそうと履きだした途端に、靴擦れ。大概、そういったときは、左足の小指が、悲鳴を上げるのが普通なんですが、今回は、右足の小指が、真っ赤になっております。足に馴染むまで、ちょっときつい日が続きます。
 そのようななか、昨夜は、久しぶりに、コンサートに行ってまいりました。関西フィルハーモニーの第204回定期演奏会を聴きに、シンフォニー・ホールへ行ってまいりました。ブルックナーの3番のシンフォニーが出るということを知り、チケットを握りしめていたのでありました。ブルックナーのシンフォニーの中じゃ、最も、瑞々しくて、清々しさのあるのが3番だと思っている黄紺、でも、出ないですね、コンサートには。黄紺が、今、一番はまってるのは、超癒し系の2番なんだけど、これなどは、もっと出ない。生涯、生では聴かないかもしれません。かくいう3番も、生では初体験です。で、その演奏ですが、自分的には、とっても満足なのであります。第1楽章の立ち上 がりこそ、声に出さずに、ぶつぶつ。ここは、原始雲の中から、じわーっと、「初めに、言葉ありき」の雰囲気でいかなくっちゃ。若々しく若々しく、生命が生まれ出ずるノリなんだよ〜とは言っていたのですが、、、、でも、徐々に、調子が上向いたのか、金管の重奏が、若々しく、且つ美しく決まり出すと、すっかり、ブルックナーの3番モードに。ティンパニーの下支え、特に、金管の重奏の下支えが、通奏低音の如く、安定感を醸し出していました。やっぱ、こういう風に書けるということは、ブルックナーの音楽って、大きなパイプ・オルガンなんですね。ブルックナー以外では、R.シュトラウスの「最後の4つの歌」と、武満の弦楽のためのレクイエムでした。R.シュトラウスのソロは、佐藤美枝子というチャイコフスキー・コンクールでの優勝者でしたが、あまり、こういう曲は歌わないのでしょうか? 声の厚さ、深みというものに物足りなさを感じてしまいました。武満のときは、隣りに座ってる人が、体を前後に揺すり、落ち着かないこと限りなしでした。これはたまらんと思い、少し離れたところに、空席があったもので、そちらに移動し、事なきを得ました。どうやら情緒障害をお持ちの方だったようなので、そのような対応をしました。だけど、横で、その人なりのリズムをとられると、ホント、音楽っていうのは、聴いてられません。
 1度、コンサートに行くと、そこで、また、次の音楽会はという気になってしまって、ダメっすね。昨夜も、黄紺的にそそられるプログラムを掲げてあるコンサートを見つけ、衝動買いをしてしまったのでした。こちらは、トルコ帰りのお楽しみです。




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